不育症のおかげで色々気がつくこともある。悲しいことばかりじゃない、毎日を楽しく過ごしたい♪オクの雑記。*注子宝に恵まれるこの木村さん画像は「赤ちゃんを作ろう!」さんから頂きました。


by okumakoda
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心の中の、時計の針のすすめかた。

いくら家族でも、血がつながっていても、愛し合っていたとしても、
人間は「ひとり」なんだと私は思っています。

「わたし」という感情、すごしてきた時間、もともと所有している性質、とりまく環境、
そういったものを通してみる「わたし」の「せかい」は、
「わたしいがいのだれか」が見ているものとは違う。

似ているようで、同じようで、
同じものをみているようで、
実は違う。

わたしはお腹の中の子供を天国へと見送ったとき、
旦那や母親、父親から「いつまでもひきずるな、元気をだせ」と
言われたときに愕然としました。

どうしてそんな言葉をかけられなければならないのか、
子供を失った悲しみに震えることは
数日が経過したらもういけないこと、「甘え」になるのか。

でも違うんですよね。
「わたし」がみている「せかい」が
「わたしいがいのだれか」がみている「せかい」と違うものであるように、
「わたし」の「心の中にある時計」は
「わたしいがいのだれか」のもっている「心の中の時計」と
針のすすみかたが違っていた、
ただそれだけのこと。

あのとき感じたあまりの悲しみ、苦しみに、
私の心の中の時計の針は
ひとさしひとさしをすすめるのがとても困難になって、
すすむどころか、
途中で息を切らしてしばらく動けなくなることもたびたびあった。

だから私にとってはあれからまだ1日もたっていないのに、
周囲にとってはもう1週間も2週間も前の出来事で、
だからこその「いつまでもひきずるな」発言につながっていくわけです。

それも悲しみの中から抜け出せない、
いや抜け出そうと努力していない私の態度がもどかしくて、
心配で、というわけでいきついた発言なのですから、
ここでショックを受けずに思い切って受け入れてみると、ですね。

「わかったわよ!元気出せばいいんでしょ、元気出せば!」

と意地をはったやけくそ気味な感じでもいいので、
から元気をふかせてみると、ですね。

不思議なことに自分の中の時計のペースがぐんとはやまって、
周囲の時計とカチリと一瞬だけでも一緒になることがあるんです。

ま、結局またずれて→元気出せといわれ→意地をはって元気をだして→時計の針が周囲とあう→また遅れてずれる、

の繰り返しになるんですけどね。

「悲しみは時間だけが癒してくれる」

といいますが、生きているこの世界がじぶんひとりきりの世界ではない以上、
悲しみが癒えるのをただひたすら待ち続けるだけではなく、
こうやって周囲の力をかりて、自分と折り合いをつけて、
消化していくしかない…と、思ったりするわけです。
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by okumakoda | 2009-12-21 06:55 | 日常のこと